小倉暢之先生の若い頃の仕事。
小倉暢之先生の若い頃の仕事。

東京へ帰る途中、思い立って途中下車。

今年、琉球大学を退官される

小倉暢之先生の40年程前に設計した

ビルを見に行く。


小倉先生は琉球大学時代の恩師、

ティーダフラッグスの審査員長の大役を

一昨年から譲り受けた。


40年も前、

先生が、階段の模型を作っている時

いろいろ話をしたことが懐かしい。


このビルの階段の開口部のオリジナルは

ガラスブロックだった。


外壁はシルバーペイントで

モダンでかっこよかった。

遮熱効果を狙った。


今回、はじめて

階段部分まで入らせてもらう。


当時、小倉先生が階段ホールのイメージを女性の陰部と言っていた、笑。


退官後はそんな若い感覚で

設計に励んでほしい。

体感パーティは3月27日

参加いたします。


東京芸大からやってきた小倉先生から、吉村順三さんの存在を知った、、、恩人の一人である。


小倉先生は童顔だったので、

1期生がつけたあだ名が顔面少年!!



小倉暢之先生の若い頃の仕事。_b0014003_20200157.jpg
小倉暢之先生の若い頃の仕事。_b0014003_20200538.jpg


by satoshi_irei | 2019-02-24 20:18 | ・住まい・建築 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://irei.exblog.jp/tb/29275192
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< つくば里山博現場。大工の工夫。 天然の海ぶどう。 >>