小倉暢之先生の若い頃の仕事。
東京へ帰る途中、思い立って途中下車。
今年、琉球大学を退官される
小倉暢之先生の40年程前に設計した
ビルを見に行く。
小倉先生は琉球大学時代の恩師、
ティーダフラッグスの審査員長の大役を
一昨年から譲り受けた。
40年も前、
先生が、階段の模型を作っている時
いろいろ話をしたことが懐かしい。
このビルの階段の開口部のオリジナルは
ガラスブロックだった。
外壁はシルバーペイントで
モダンでかっこよかった。
遮熱効果を狙った。
今回、はじめて
階段部分まで入らせてもらう。
当時、小倉先生が階段ホールのイメージを女性の陰部と言っていた、笑。
退官後はそんな若い感覚で
設計に励んでほしい。
体感パーティは3月27日
参加いたします。
東京芸大からやってきた小倉先生から、吉村順三さんの存在を知った、、、恩人の一人である。
小倉先生は童顔だったので、
1期生がつけたあだ名が顔面少年!!
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-29275192"
hx-vals='{"url":"https:\/\/irei.exblog.jp\/29275192\/","__csrf_value":"6a507d688f5add924d74a22fdf252e8a1f26c985798e4a0eb0405a07b1dc83e007e15bf1b24b9e80d7887196cb834bfd218e78bdee5608fd82d83a2877b01a32"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">